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神楽面と備中神楽について
能楽に使われた能面は、江戸時代に様式が決められ、新しい面の創作が許されなくなった。そんな折り、能面を元として神楽の内容を吟味し、独創的な構図を持った面を創作していったのが現在の「神楽面」の発祥となっているようである。

演目は神話や伝説を伝承するというもの。

その題材は「古事記」や「日本書紀」などから取り上げられているものが多い。


神楽は、日本各地に、それぞれの地での特色を持った民俗芸能として現在も多く保存され、舞われている。


神楽面師・雄水が造っているのは、岡山県西部の備中地方に伝わる備中神楽の面が主である。この備中神楽は「荒神神楽」あるいは「神殿神楽」ともよばれる。

荒神は恐ろしい神であるとともに、農耕の神、守護の神とされ、神楽舞はその御霊(みたま)を安らげるのが目的であった。

江戸末期、岡山県高梁市の出身の神官で国学者でもあった西林国橋(にしばやしこっきょう1764〜1828)が、古事記・日本書紀の神話を基に

「天の岩戸開き」

「大国主命(おおくにぬしのみこと)の国譲り」

「須佐男命(すさのおのみこと)の大蛇(おろち)退治」
の三部からなる神楽を組み合わせ創作した。これが現在もっとも取り上げられている演目となっている。


備中神楽は、昭和25年8月施工された「文化財保護法」にて民俗文化財となる。

その後、岡山県成羽町を中心に「備中神楽保存会」が結成され、田辺虎三郎氏と山根堅一 氏の奔走により昭和31年「岡山県重要無形民俗文化財」に指定。そして昭和54年2月、国の「重要無形民俗文化財」に指定されている。

岡山県北部の新見阿哲でも95年現在で14の団体がこの継承保存活動に力をいれている。

また、「ふるさと子供神楽サミット」なども毎年開かれたり子供達への伝承も各地で盛んに行われているようだ。



監修:雄水
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